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11月9日例会
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    参加人数 会員13名 ろう者4名 見学9名

    今回の例会は、


    札幌聾史研究会・中根伸一氏による出前講座
    「へぇ〜!なるほど!手話の歴史」


    面白おかしく手話の歴史を学ぼう、と見学者も含めたくさんの人が集まりました。

    ​まず、明治11年、京都盲唖院ができたことに始まり現在まで、
    ​ろう教育の歴史をざっと説明、この時点で「へぇ〜エクステンション」です。

    明治の頃は手話教育が中心だったそう。

    ろう学校の先生はみんな東京の師範学校で学んでいたので、

    全国で共通の手話が使われていたようです。

    ところが口話教育にかわってからは

    先生方が手話を、あるいは手話で、教えることがなくなってしまい、

    その地域地域で独自の手話が生まれていったようです。

     

    名前は、今なら「田中」なら「田」「中」と漢字で表すことが多いですが、

    口話教育になってからは誰も手話を教えてくれないので、

    生徒は外見の特徴などから、いわゆる手話ネームで呼ばれました。

    ある女の子は、とても可愛いかったのにお父さんが印象的な髭面だったので、

    「髭面」の表現で呼ばれていたとのことゆう★

    ちょっと可哀想かも・・・・。

    地名も、例えば岩見沢出身の子がいれば、

    その子の名前+場所で表されていたとのことなので、

    「岩見沢」という手話は、岩見沢出身のろう者の数だけあったのかも!?

     

    また、「オーストラリア」の手話の語源ですが、

    イギリスからの移民(受刑者が多かったですよね)を島送りにする、

    島に捨てる、というような意味合いがあったとのこと。

    私はずっと「カンガルー」だと思っていたので、びっくりしました。

    それは、差別の暗い歴史から生まれた手話で、

    そのような手話は実は他にもたくさんありますが、

    手話は「記号化」されているので、

    差別とは思わない、という話が印象的でした。

     

    他にもいろいろ面白いお話があったのですが、

    とても書ききれません。

    今後も他のサークルなどを回る予定があるそうなので、

    今回参加できなかった人は、

    別の機会があればぜひ見に行ってみてください。

    いろいろな気づきがあると思います。

     

    (POPPO)

     

     

     

     

     

     

     

     

     



     

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